京都の地球科学（一七三）

　　　四川省の巨大地震
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　尾池和夫

　二〇〇八年五月一二日、中国四川省で大規模な地震というニュースをＮＨＫが放送した。
ヤフーの最初に掲載されたのが、一七時三九分、以後連続してどんどんとニュースが入っ
た。この中国内陸部の大震災がどのように伝えられたかを、時間順に追ってみた。
　読売新聞が「中国・四川省で大規模な地震、重慶で小学生四人死亡」と伝えたのは一九
時四〇分。ついで「中国地震、被害拡大、四川省で学生ら九〇〇人が生き埋めに」という
毎日新聞のニュース（二〇時五八分）が出た。
　夜中過ぎて一三日、現地の海外協力隊員の談話が毎日新聞で紹介され（〇時三八分）、
「胡錦濤指導部に衝撃、救援で真価問われる」と毎日新聞が伝え（一時二分）、「中国大
地震による四川省の死者数、八五三三人に」という新華社（ロイター）のニュースが朝に
なって入った。さらに四川省だけで死者約一万人とロイターが伝えた。
　一〇時四分、国連事務総長が声明「支援の用意」（毎日新聞）、テント内で誕生した赤
ちゃんに「震生」と命名したというニュースが入った（毎日新聞、一〇時三二分）。 
　余震続き混乱と不安広がる（毎日新聞、一〇時三二分）、被災者の救援難航、道路寸断、
被害の全容不明（毎日新聞、一一時一二分）、一部の発電所が稼動停止・基幹送電網は問
題なし（新華社、ロイター、一一時四分）、北京五輪前に貧困層の不満爆発の恐れも（毎
日新聞、一一時一分）というようにどんどんニュースの視点も拡がっていった。
　日本政府が早急な支援活動準備というニュースは一一時二九分、貴州省の団体客一四人
は無事というのは一四時一八分、四川省滞在邦人二二〇人の無事確認、外務省というニュ
ースは二一時二分、そして、一四日になると、「パンダ八六頭無事、臥龍研究センター」
というニュースも入った。死者は一四日になって一万二千人超になり、綿陽などで二万三
千人生き埋めと時事通信が報じた。
　また一四日の朝には、「規格無視の安普請、針金並み鉄筋、倒壊拡大」（産経新聞）と
いう建築物のことが登場し、さらに「活発な断層帯影響、たまった歪み」（産経新聞）と
いう地震そのもののことも出てくるようになった。
　報道される死者の数はどんどん増えた。一六日、日本の国際緊急援助隊の第一陣三一人
が四川省北部の青川県喬庄地区に到着した。四川省政府が同省内での死者を二万一五七七
人と発表、一七日二〇時には、中国政府が死者二万八八八一人と発表した。
　また、北川（ほくせん）県茶坪の「地震湖」が決壊する恐れがあるという報道があった。
「地震湖」という用語は中国の内陸地震ではよく使われることばであり、ニュースでも最
初のうちは「地震湖」ということばで伝えられた。日本の辞書には「堰き止め湖」という
ことばで出ているが、地震湖の方がよくわかる。
　一九日、発生から一週間を迎えて、中国政府の発表による死者は三万二四七六人、負傷
者は二二万一〇九人となった。胡錦濤国家主席と温家宝首相の、中国のトップである二人
が相次いで現場に赴いて指揮にあたったというニュースが、たいへんな事態であるという
国の認識を形のあるものにした。
　四川省地震局は一九日、ブン（さんずいに文）川県で一九日から二〇日の間にマグニチ
ュード六ないし七の余震が起こる可能性が高いという予報を出した。余震の分布も見て、
この時点になるとまちがいなく竜門山断層がずれたと思えるようになった。

　　葛の花地震の断層なりといふ　　　　　　　　　森田　峠

　本震の前には、地震局からの特別の予報はなかったようである。四川省地震局は、かつ
て一九七六年に、住民の参加を得て、動物異常や地下水の異常などを広い地域で観察した
報告をもとに、たいへん見事な直前予報を出したことがあるが、最近ではあまりこのよう
な方法は行われていないようである。
　新聞やインターネットでは、やはり動物異常などの話が伝えられているが、このような
現象の観察は専門家の指導のもとに行われなければ、混乱のもとになるであろう。例を挙
げると、湖北省の恩施では池水八万トンほどが五時間でなくなってしまったとか、湖北省
荊門地区のニワトリは鶏かごに入らず木の上に飛んだとか、四川省綿竹市西南鎮の檀木村
に数一〇万匹のヒキガエルの大規模な移動があったというような話がメディア上で伝わっ
ている。
　香港からのニュースでは、四川省のチャン族自治州で五月の初めに「近く大地震が起き
る」といううわさが流れたという。地元の役所が否定して、省政府のウェブサイトでは「
誤った地震のうわさを鎮めることに成功した」と宣伝していたというが、一二日の大地震
発生後、サイトから削除されたというニュースもあった。もちろん真偽のほどを確かめる
すべはないから、あくまでも話の種として読んでいる。
　パンダのこともたびたび報道された。四川省や陝西省の研究施設で飼育されている一四
四頭は無事だったと報道された。四川省アバ・チベット族チャン族自治州はパンダのふる
さとで、臥龍パンダ自然保護区研究センターでは八六頭が飼育されている。地震後三〇時
間ほど、この飼育員と連絡が途絶えていたが、子供のパンダも含めて無事であることが確
認されたというようなニュースもあった。
　世界遺産の状況も伝えられた。都江堰の分水部分に亀裂というニュースが衝撃を与えた。
紀元前三世紀に治水のために設けられた大規模な堰である。この堰で大河の水を分水して
治水している。私も一九八九年に現地でその規模と知恵に見とれていた。
　頼りになるのは専門家の報告である。静岡大学の林愛明さんが一四日には現地に入って
第一報が伝えられた。南部に向かって約一〇〇キロの地表地震断層を確認したという。北
部にもさらに約二〇〇キロの地表地震断層が確実のようであると知らせてきた。余震の分
布から推定できる約三〇〇キロにわたる本震の震源断層面のずれでこの巨大地震が起こっ
たのは間違いないと、林さんの報告を読んで確信した。そうであるとすれば、この巨大地
震は青海チベット高原が四川盆地の上にのし上がるようにして起こった地震だということ
がわかる。そこに竜門山断層帯という逆断層帯がある。

　　木の実植う地震ふりし地を鎮めむと　　　　　　大石悦子

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