急性心筋梗塞

　　　　尾池和夫

　血圧計　七月二日（木）

　トイレの帰りに詰め所の前の体重計に乗っていると、高瀬さんが朝の仕事をしてい
て、
「おはよう」
　と、さわやかに声をかけてくれる。今朝のわたしの体重は六五・六キロである。
「おはよう。一か月で四キロ以上減ったよ、体重」
「いいなあ」
　若い女性は体重の少ないことを何よりも重要視するのは、看護婦さんや看護婦さん
を目指す人たちにとっても同じことのようだ。最近の体重の変化をグラフに描いて観
察すると、入院してから自然な形で体重が減少しているのがわかる。田巻先生も言わ
れたように、これを維持するのが大切だ。
　朝のニュースでは、仙台の駅前には、全館禁煙のホテルができて、週末の予約は満
室だという。
　わたしにとって、これからは、ストレスをためない暮らし、禁煙、体重の管理、息
の切れない適度な運動が大切だろうと思う。
　今日はジゴシンを一・五錠飲む日である。抗菌剤は今日の昼で終了する。九時四〇
分、政次さんが来て血圧を測ると、九四と六二である。
「朝は一日に一回の薬もあって、ちょうどそれらが効いてきたころなのかもしれない」
　看護婦さんに報告するついでに、カルテから現在飲んでいるはずの薬を確認しても
らった。ずいぶん変更があったのでちゃんと聞いているとは思うが、気になってきた
。暑くならないうちにという彼女のすすめで、屋上へ行ってみた。雨上がりでむんむ
んしている。
　昼食後、少し休んで、一三時半すぎにシャワーを浴びた。
「酸素ボンベを持ってまわっている人も、シャワーに入っていたよ」
「介助なしで？」
「そう」
　心臓が弱ってくると、常時酸素を供給しなければならなくなると、白坂先生の火曜
日の説明にあった。
　血圧を測ると一〇二と六四である。昨日の測定では、総コレステロール値（ＴＣＨ
Ｏ）が一七四、中性脂肪（ＴＧ）が一二五、ＣＰＫは五七であった。
　福島さんが部屋に来て、心臓カテーテル検査のときの写真を見たいという。彼女も
熱心に学習をする人だ。きっと二人とも、すばらしい看護婦さんになるだろうと確信
する。
　葉子が血圧計を持ってきた。いつも自宅で二人が使っている、指で測るタイプの測
定器である。看護婦さんが測る値と比べてみようというつもりである。体重計はずい
ぶん長い間使っているが、これは葉子が買い直すと言っている。
　季寄せのこれからの編集作業の進め方を相談した。いつもわたしの夕食をみとどけ
て帰るが、もうそれを一か月続けているので、心配になり、早く帰ってくれるように
頼んだ。葉子が帰ったあと、山田くんが東京へ行く途中だと言って立ち寄った。
　今日一日、万歩計をつけてみたら、病院内の生活だとはいえ、二七〇〇歩になって
いた。血圧が低くて寝不足だと、何をするにもしんどくて気力もなくなってしまうと
いうことがよくわかる。
　テレビは、和風ハンバーグと鶏の唐揚げの対決である。一八〇グラムのハンバーグ
や大皿いっぱいの伊達地鶏の唐揚げが画面に出る。ちょうどハンバーグが焼き上がっ
たとき、救急車のサイレンの音が病院の前で止まった。