急性心筋梗塞

　　　　尾池和夫

　日曜日　六月一四日（日）

　日曜日は神原さんの笑顔で始まる一日であった。お茶を入れてもらい、食事を、上
げ膳据え膳でいただくのが、まだ続いている。
　関西テレビの「ガリバーくん」を見ている。王様にしてもガリバーくんにしても、
人の世話になるのがうまくないと、とてもやっていけない。自分だけでは生きていけ
ないということを、実感として身につけないといけないと思っている。
　尾形仂校注「蕪村俳句集」を読んでいる。記憶力が悪いので何回読んでも楽しめる
し、新しい発見がある。「夜を寒み小冠者臥たり北枕」という句を、北枕のベッドに
寝て読んでいる。
　葉子がエアコンを入れるが、うまく動作しない。この部屋で暮らすためには、いろ
いろの物を修繕する必要がある。部屋の臭いが気になるが、脱臭器が動いていたので
それを止めたら臭わなくなってきた。脱臭器のフィルターを交換してないのだろう。
病院の機械や設備を使いこなすのにコツがあるようだ。
　葉子がノートパソコンを持ってきてくれた。持ち運び用にはやや重い機種で、三・
五キロほどあるので、申し訳ないとは思ったが、わたしはこれで少し退屈しなくなる。
　宮下さんが血圧を測る。
「いくらですか？」
「一一〇の七八」
　一般的に、聞かないと教えてくれないことになっているようだ。
「それで、いい。日曜日だけど静かだね。お見舞いの人も少ないのかな」
「来てる。検査がないので看護婦が静かなんでしょう」
　テレビで「おいしんぼ」を見る。
「うまいものを少しだけ食べる習慣にしよう」
「そうね」
　葉子は私の入院以来、まだ現金を渡してくれない。だから買い食いもできない。
「金がないと、大地震のとき困る」
「すぐ来てあげる」
「とりあえず冷蔵庫にあるお見舞いの品を確保して様子を見る」
「病院も用意するから」
「いや、この部屋の非常灯が紛失したままになっているくらいだから、絶対に震災対
策は、ちゃんとできていないと思う」
　京子が来て、淳くんが来る。淳くんは日曜日でも、烏丸今出川まで学習に通ってい
る。山崎さんが御池煎餅を持ってきてくれる。
「尾池が煎餅みたいにペチャンコになった」
　というわたしを、京子がたしなめる
「ちょっとつまむのに、とてもいい。気が利いたお見舞いの品よ」
　一九時になると面会時間が終わり、患者の自由時間になる。二一時になると消灯で
ある。読書灯をつけて、パソコンで日記を整理し、二一時二五分に就寝する。