京都の地球科学（二八二）　　　　2017年10月号

　　　西安への旅（四）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　尾池和夫

　六月四日日曜日、午後は西安の郊外を東へ向かい、途中で昼食の後、世界遺産「秦始皇
帝陵博物院 (兵馬俑)」を見学した。
　昼食のために周さんが用意してくれたレストランは「大秦小宴」という名である。「大
秦天下、小宴千年」というキャッチフレーズとともに、「秦」の文字が描かれた部屋に
「秦」の文字がデザインされた器があり、黒と白のコントラストの中で秦の時代の食材と
調理を味わうという時空を超えた昼食であった。大秦小宴は秦始皇帝が功績のあった大将
軍王翦を招待した料理だという。西安では小麦粉の料理が多く、麺類、餃子などの種類の
豊富さが愉しめるが、秦の料理もやはりその傾向が勝っていた。

　　始皇帝陵青麦の風ばかり　　　　　　　野見山ひふみ

　秦始皇帝陵と兵馬俑（へいばよう）は、西安市から北東へ三〇キロほどの驪山（りざ
ん）の北側、臨潼区にある。秦始皇帝の陵墓と、その周辺にある兵馬俑坑がユネスコの世
界遺産（文化遺産）として登録されている。
　驪山は秦嶺山脈の山で、その基盤は石英岩や石英砂岩の層で、その上に紅土と黄土が堆
積している。最高峰の山頂は仁宗廟であり、驪山から湧き出た地下水は渭水へと流れ込む。
驪山は東西二五キロ、南北一五キロほどの山体で、高さは一三〇二メートル、「関中八
景」の一つに「驪山晩照」というのがある。国家級森林公園、ＡＡＡＡ級観光地、文物保
護単位、風景名勝区などの指定がある。驪山の名は、この山から見る景色が、黒色の駿馬
であることからと言われているが、また、殷、周の時代に驪戎国が存在したからという説
もある。
　清朝末期の義和団の乱で西太后が八か国連合軍から逃れて来て建物を設えた。一九三六
年には蒋介石が陝西に来て、張学良と楊虎城に籠もり、一二月一二日の西安事変の勃発で、
蒋介石は捕捉された。
　始皇帝が埋葬された場所も史料では驪山と呼ばれていて、現在の「始皇帝陵」の名称は、
漢代以降になってからである。始皇帝陵は驪山の北麓で、西北麓には始皇帝の父、荘襄王
や曾祖父、昭襄王の墳丘のほか、漢代皇帝の陵墓が存在する。始皇帝陵だけでなく漢代皇
帝陵は大河である渭水に沿って河岸段丘の上の緩やかな斜面に建造されており、エジプト
のナイル川西岸に集中するピラミッドの分布との相似性が指摘されている。
　秦の始皇帝は中国史初の皇帝であった。強大な力で大きな陵墓を建てた。陵は一九七四
年に地元の住民に発見された。兵馬俑坑は陵を取り巻くように配置され、その規模は二万
平方メートル余と言われる。三つの俑坑に、戦車一〇〇余台、陶馬六〇〇体、武士俑は成
人男性の等身大八〇〇〇体ほどが、皆東を向いているのが特徴である。現在発掘調査が行
われて公開されている所だけでなく、周囲にも広大な未発掘の所があるが、発掘すると兵
馬俑の表面の色彩が消える可能性があることなどから、現在のところ調査は行われていな
い。
　史記には、始皇帝の遺体安置場所近くに「水銀の川や海が作られた」と述べられている
が、これは伝説だと考えられていた。ところが一九八一年、周囲から水銀の蒸発が確認さ
れて真実である可能性が高くなったという。
　秦始皇帝陵博物院では、文化財保護活動の成果を展示したというニュースがつい最近あ
った。「留住色彩」というテーマである。つまり「色彩を残す」という展示で「陶質彩絵
文物保護成果展」という展覧会である。この展示を通じて近年の陶彩絵文化財の保護活動
の成果を示し、国民の文化財保護の意識を高めるのがねらいだという。修復中の彩絵兵馬
俑が展示され、先秦時代（紀元前二二一年以前）から元時代（一二七一年から一三六八
年）までの計一二一組の陶製の彩色文化財などが展示されているという。秦始皇帝陵博物
院の説明では、長年の苦労と困難を経て、兵馬俑の古人桶からは「中国藍」と「中国紫」
が初めて検出され、人工的に作られた藍色だということが判明したという。

　　兵馬俑並びて寒き叫びあり　　　　　　　　石原八束

　六月五日月曜日、太白北路二二九号にある西北大学太白キャンパスを訪ねた。西北大学
は一九〇二年の創立で、シルクロードの起点として栄えた古都にある総合大学である。
「西大」と呼ばれて中国西北地区で最も古い歴史を誇る。文学、歴史学、哲学、経済学、
法学、理学、工学、医学などの分野があり、学生数は約二万三〇〇〇人（二〇一三年現
在）で、留学生が七〇〇人余である。地質学、歴史学、考古学、経済学、中国語文学、化
学、漢方学、物理学の分野で国の特色プログラムの指定を受けている。
　太白、桃園、長安の三つのキャンパスがあり、太白キャンパスが市の中心部、六〇〇年
以上の歴史を持つ明代城壁の南西の角に近い。キャンパス内には唐代の史跡があり、歴史
博物館があり、古都の環境である。長安キャンパスは二〇〇五年に開設された新キャンパ
スで、文系や一部の理系の学部、また、桃園キャンパスは社会人教育や職業訓練の拠点と
なっている。
　「百度百科」という科目があり、その中に董雲?教授が担当する構造地質学があって、
西北地区の地帯構造の基礎的な知識を教えている。その分野の知識が、青海チベット高原
からヒマラヤ山脈に至る中国の西北地区の地震活動を考える場合の、私の基礎知識に役立
っている。

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