京都の地球科学（二六一）　　　　2016年01月号

　　　北京原人の洞窟
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　尾池和夫

　朝からたっぷり草原を愉しんで、私たちは熱水温泉の街に戻ってきた。大きな花束を抱
えており、それを標本にする仕事が待っている。
　大草原の旅の終わりは、遅い昼食で、また羊の宴会である。地元の祭さんがジープで先
導する。名物の羊のしゃぶしゃぶの店に着いた。部屋には回転する台のある大きな丸いテ
ーブルがある。それを全員が囲む。いったん落ち着くと、まず、部屋の外に出て、しゅぶ
しゃぶを食べるためのタレを調合する。さまざまの薬味が二〇種類ほど並べてあるので迷
うが、祭さんたちがつぎつぎと器に入れるのを観察し、薬味の色を観察しながら私も適当
に調合した。
　それをテーブルに持ち帰ると、回転する台に野菜と羊肉が、さまざまな形でたくさん並
んでいる。しゅぶしゃぶする鍋は小さい個人用で、手元にＩＨクッキングヒーターのスイ
ッチがあり、自分で調整しながら一人ずつ好きなように、しゃぶしゃぶする。この方式は
とてもいいと思った。日本に輸入したいと思うほど合理的でうまくできている。
　羊肉のさまざまの部位と幾つもの野菜の大皿が回転してくるので、好みの品が目の前に
来るのも待ちかねて、さっと鍋に入れる。いくらでも食べられるので困る。みな黙って同
じような行動をしているのがおもしろい。草原の草花で盛り上がった後なので、空腹であ
ることも手伝って寡黙に食べている。野菜もたっぷり味わうこともできて最高に美味しか
った。

　　福鍋に耳かたむくる心かな　　　　　　　　飯田蛇笏

　羊のしゃぶしゃぶは「ショアンヤンロウ（shuanyangrou）」という。「ショアン」はさ
んずい偏に刷と書く字である。その由来には有名な言い伝えがある。今から七〇〇年ほど
前、元王朝を建てたモンゴル帝国第五代の皇帝であったフビライが名付けた料理だという
のである。
　フビライが、中国大陸統括の目的で南に向かって遠征していたある日、故郷の羊肉の煮
込みが食べたくなり、羊を用意するように命じた。その時、見張りが敵の大軍が迫ってい
るという報告を持って来た。フビライは急ぎ戦闘態勢をとらせながら「羊肉！」と叫んだ
ので、料理人が羊肉を薄く切って熱湯にくぐらせて碗に入れ、塩と生姜をふりかけた。そ
れをフビライはたくさん食べて戦場に向かい、勝利を収めた。その祝宴の席上、フビライ
は再度その羊料理が食べたいと絶賛し、ショワンヤンロウと名づけた。これが全国に広ま
ったというのである。
　今、羊肉は体を暖め消化に良いというので広まり、店によって肉の切り方や味付けが工
夫されている。
　ホテルに戻って植物を整理して街に出てみた。ホテルの前の歩道の街路樹に羊がつなが
れている。これが今夜料理される羊だという。夕方になると路上に果物売りが出て来る。
羊が路上で解体される。露天商で浅利さんが茸を買った。
　ホテルの夕食の最後に羊の串焼きが出てきた。祭さんが仕入れてきてくれたのだが、夕
方路上にいた羊である。香ばしくてとても美味しかった。

　　串焼の串に火のつく半夏生　　　　　　　大木あまり

　部屋いっぱいに草花を仕分けて新聞紙に挟んだ。今日は風呂も順調である。曇り空で期
待した星を見ることができなかった。
　内モンゴルの人たちとの別れを惜しんだ。皆さんが、星を見るために、来年六月末から
七月初めに来るといいと再来をすすめてくれた。
　八月二二日、土曜日、北京へ移動した。休日には多くに人が北京市へ移動する。八時半
から食事をして出発したが、車の列が進まない。河北省に入る前に検問があり大渋滞であ
る。北京市に入る前の検問でもまた大渋滞で、昼食抜きで夕方人民大学のキャンパスに着
いた。王さんはここで学位を得たという。キャンパス内の峰尚径宴が経営するレストラン
で食事した。北京市海淀区中国人民大学西門南側にあるレストランで美味しい。この店は
邯鄲にも、工商大学院内にもあるという。長旅に疲れて友誼賓館の貴賓楼のこの前と同じ
部屋に入った。私はこのホテルを気に入っている。
　翌日、日曜日である。周口店の見学を希望した。ホテルを九時に出発した。北京の規制
で今日は奇数ナンバーの車が走れる日である。陶冶さんの会社の車は全部偶数ナンバーで
困る。
　郊外へ出た。周口店の山を登る。猿人洞までたいへん長い坂道である。第一五発掘現場、
展望台と巡る。地層の説明が書いてある。山を出たところに新しい博物館ができていて、
大規模な展示があり、北京原人の生活が復元されている。
　周口店の街で昼食に風変わりなポテトの揚げ物や、餃子、麺などをたくさん食べた。
　ホテルに完成を待ちかねていた私の翻訳書が届いた。昔書いたＮＨＫブックスの『中国
の地震予知』が、中国語に翻訳されて中国社会出版社から出版されたのである。さっそく
サインして、この翻訳を企画してくださった方たちに贈呈した。徐さんと趙さんがきて私
たち夫妻と食事をしながら近況を語った。
　翌日、昼食をホテルの向かいの西域料理の店でとった。蘭州の牛肉麺である。午後は、
中国漫画学会の重鎮たちが一堂に会して会議である。私は『漫画京都大学』などを紹介し
た。牧野圭一先生の収集資料を保存するための重要な議論をしたのち、貴賓楼のレストラ
ンで懇親会が行われ、またまた乾杯の連続となった。

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