京都の地球科学（二六〇）　　　　2015年12月号

      内モンゴルの大草原（二）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　尾池和夫

　経棚鎮は、ヘシグテン旗人民政府の所在地である。ヘシグデン旗は内モンゴル自治区赤
峰市にある旗である。そのヘシグデン旗には、経棚鎮の他に、宇宙地鎮、土城子鎮、同興
鎮、万合永鎮、芝瑞鎮、達来諾日鎮がある。ヘシグデン旗を中国文字で書くと克什克騰旗
である。
　赤峰市の北辺に接して、広大なシリンゴル盟（錫林郭勒盟）がある。この盟の行政公署
はシリンホト（錫林浩特）市にあり、二つの県級市と一つの県、九つの旗を管轄している。
県級市は、シリンホト（錫林浩特）市、エレンホト（二連浩特）市、県はデゥオルン（多
倫）県、旗は、アバカ（阿巴?）旗、西ウジュムチン（烏珠穆沁）旗、東ウジュムチン
（烏珠穆沁）旗、ソニド（蘇尼特）左旗、ソニド（蘇尼特）右旗、タイブス（太僕寺）旗、
正●(金偏に襄)白旗、正藍旗、●(金偏に襄)黄旗である。
　このように中国の行政区画はとても難しい。ところで、錫林郭勒（シリンゴル）とは、
モンゴル語で「果てしなく広い草原に流れる川」いう意味である。この錫林郭勒草原は、
内モンゴル自治区の中央部にあり、内モンゴル高原の中央部より東寄りの場所で、総面積
は二〇・三万平方キロと言われる。成吉思汗(チンギスカン)の偉業の三大古戦場の一つで、
中国で唯一、国際生物圏に選ばれた草原自然保護区である。世界的に見ても自然保護の状
態が良い温帯の原生草原であり、湿地草原や荒れ果てた土漠の草原、砂地牧草地帯など、
さまざまの種類の草原がある中国の中で、もっとも代表的な温帯草原であると言われる。
家畜飼育用植物が豊富であり『中国国家地理』という雑誌のランキングで「中国の最も美
しい草原」に選ばれた。
　錫林郭勒大草原には、一二〇〇種以上の植物がある。草原の中央部を横断する秦燕金古
長城、元上都遺跡などの名所もある。二連浩特地区は、もっとも早くから、恐竜や恐竜の
卵の化石が発見された場所の一つで「恐竜の郷」と呼ばれている。ここでは、一八九〇年
代から、ロシア、米国、カナダ、中国などの古生物学者や地質学者が大規模な発掘と調査
を行った。ユーヘロプス、アレクトロサウルス、ハドロサウルス、アーケオルニトミムス
などの恐竜の化石が発見され、比較的完全な形の恐竜の骨格の化石が大量に出土する。

　　起伏ごとに歓声上がる花野路　　　　　　鈴木あるの

　八月二〇日、木曜日、いよいよ経棚鎮のホテルを出て、大草原へと向かった。草原には
観光客と思われる人たちが点在してたたずんでいる。足下を見ると、さまざまの草花があ
る。「この草原には三七〇ないし三八〇種類の薬草があります」と案内の現地の人たちが
口をそろえて言う。その草を羊と牛と馬がもくもくと食べている。
　また、日本のジオパークの運動を進めている私のために、現地のジオパークへの旅も日
程に入れてくれた。内蒙古自治区克什克騰（ヘシグテン）世界地質公園である。広大な公
園地域のほんの一部を見ただけであるが、圧倒される光景だった。克什克騰世界地質公園
は、赤峰市に隣接しており、北西は錫林浩特（シリンホト）市につながる。総面積は八一
四平方キロ、第四紀の氷河の跡である氷臼群、花崗岩の石林などが知られている。大興安
嶺の南端と燕山山脈の隣接地帯にあり、第四紀氷河期の中で、さまざまな古氷河が形成さ
れ、青い山の上に古氷臼が約一〇〇〇か所も残っている。完全な形で保存されていて、世
界的にも稀に見る大規模な古代氷臼群である。
　達里諾爾（ダリノール）火山群地形は、中国東北地区の九大火山の一つである五大蓮池
（黑竜江省）で、火山の模型景観と言われる。地質公園内には、温泉、砂漠、草原、湖沼、
河川、高山、峡谷、鉱物資源があり、先史時代に人類が活動していたという遺跡がある。
　火成岩の奇岩を見るツアーに参加したが、ガイドはもっぱら石の形と成吉思汗の歴史を
結びつけた説明を行い、岩に付けられた呼び名の由来の話に終始していた。急に雨がきつ
く降り始め、説明が同じような調子なので早めに切り上げたが、それが正解で、あまり濡
れずにすんだ。
　地質公園から車でしばらく走って熱水温泉という名の街に着いた。またこのホテルで大
宴会が始まった。特別に上等な茅台酒を陶冶さんが持ち込んできたのが実に美味い。華子
魚という魚が出た。塩水湖にいる魚で、生息場所の塩分が強いので産卵するために周辺の
川に遡る。そのとき鳥に食べられるのでこの魚は数が少なく、貴重で高価だという。たい
へんこくのある味で、二〇センチほどの魚であるが歯ごたえがあり、噛みしめると実に美
味い。
　部屋に帰ると、風呂に熱水が入れてあって、とても入れない。水もうまく出せないので、
あきらめて朝までに冷めることを期待して寝た。熱水温泉という名の街のホテルで文字通
り熱水の風呂を体験した。塞外港湾大酒店という名のホテルであるが、この名の由来がわ
からない。別に港があるわけではない。
　八月二一日、また別の大草原に向かった。最初の場所は、あまり花のない場所だったが、
青い花を少し採集した。葉子が句帖を草原に落として皆で探した。浅利さんが見つけてく
れた。現地の方たちの提案で、観光客の行かない草原へ行こうということになった。その
場所は鉄工所の敷地内である。野生の小麦がさまざまの姿でたくさん熟れている。さらに
別の場所を探す。行き着いた場所には青い花や薊などがいっぱいで、全員が花の採集に熱
中してしまった。

　　吾亦紅風に呼ばれて暮れにけり　　　　　　石原八束

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